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ロードバイクと日々の記録。

訃報丹波哲郎さん

丹波哲郎さんが死去。
DVD美少女仮面ポワトリンVOL.2収録の第16話「新井家の守護霊」を観る。

この回のポワトリンの口上は

「たとえ霊界宣伝マン丹波哲郎先生が許しても、この美少女仮面ポワトリンが許しません。」

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コメント

この記事へのコメント
死後の世界はある!
と、おっしゃっていた丹波さんでしたね。
Gメン75より、キィハンターに思い入れのある私。千葉真一が毎週出ないのが残念でしたよ。
2006/09/27(水) 00:59:37 | URL | あいうち #giPNnViI[ 編集]
キィハンター
あいうちさんこんにちは。コメントどうもです。

キィハンターの番組名は知っていても、実は観た記憶が無いのです。

この番組放映当時はチャンネル権を親に掌握されていたのかも?

YouTubeにオープニングがあったので、観てました。

http://www.youtube.com/watch?v=H86Uc0K8JTE

このオープニングを観ただけでものすごく本編を観たくなりました。GyaOやYahoo!動画で配信してくれたらいいのになぁと思います。
2006/09/27(水) 18:30:35 | URL | さとぴー #jEdBk3EI[ 編集]
YouTubeの情報ありがとうございました♪

私はほぼ毎週観ていました。
でもカラーだったとは…まだ白黒テレビで観ていたのかもしれない。それとも「思い出」はモノクローム?
2006/09/28(木) 11:57:19 | URL | NODA #-[ 編集]
NODAさんこんにちは。

キィハンターは1968年4月-1973年4月の5年間もの間放送されていた番組みたいですね。
私が小学4年生の時に番組が終わっているようです。

うちにカラーテレビが来たのがその1973年だったかな。

放映開始の1968年あたりだと、白黒テレビを観ていると脇に「カラー」と文字でカラー放送ですよと書いてあったような記憶が。
2006/09/28(木) 13:04:07 | URL | さとぴー #jEdBk3EI[ 編集]
>白黒テレビを観ていると脇に「カラー」と文字でカラー放送ですよと書いてあったような記憶が。

そうです。ありました。
そして放送事故で中断すると(よく中断してましたね)、変な音楽が流れたり、ヒヨコの静止画が延々映ってたり(それは北九州だけのこと?)と。

カラーでも観てたはずなのですが、その記憶はありません。因に「コンバット」もモノクロの記憶しかない。アニメはほとんどカラーの記憶ばっかりなんだけどなあ…
2006/09/28(木) 16:04:25 | URL | NODA #-[ 編集]
>そして放送事故で中断すると(よく中断してました

そうえいば
「しばらくお待ちください」という文字がテレビ放送中に良くでていましたね。

なるほど、あれは放送事故だったのかと今になって関連付けができました(^^;

>アニメはほとんどカラーの記憶

サイボーグ009のモノクロテレビ放送を4-5才の頃熱心に観ていたのは覚えています。
元の映像がモノクロだから、カラーテレビでも白黒にしか映らないからか、白黒のアニメをかなりみていた記憶があります。

「魔法使いサリー」あたりは微妙で、カラーのものをモノクロで観ていたかも。

「魔法使いサリー」は最初の数話がモノクロで、途中から「リボンの騎士」に対抗してカラーになっているので、全話カラー放送できないのがもったいないと思います。
2006/09/28(木) 19:28:58 | URL | さとぴー #hUkZrTsw[ 編集]
あの頃、番組の内容が貧相だったので、再々々々々々放送とかで途中からカラーになったのを鮮明に覚えてて、それが記憶として「カラー」だとイメージしているのかもしれません。
それでもモノクロアニメとしては「ハリスの風」とか「スカイヤーズ5」とか「遊星少年パピー」「宇宙少年ソラン」とかがモノクロのイメージですね。

やっぱ、白黒テレビの影響が強いのかなぁ。
町内では一番早くカラー受像機を購入したはずの我が家でしたが。(どんな町内や)
2006/09/28(木) 19:44:42 | URL | NODA #-[ 編集]
>「ハリスの風」とか「スカイヤーズ5」とか「遊星少年パピー」「宇宙少年ソラン」とかがモノクロのイメージ

このあたりだと後「スーパージェッター」もお仲間ですね。

「ソラン」は確か手塚治虫の「W3」の企画流出だとされて、手塚先生が「W3」を設定しなおし、連載誌も「ソラン」とぶつかっていたので急遽他誌で連載だったかな。

W3事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/W3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
2006/09/28(木) 20:11:21 | URL | さとぴー #hUkZrTsw[ 編集]
あな恐ろしや恐ろしや…

当時から各誌編集部の確執・妄執・下克上があったのね。
あな恐ろしや。
こんなことで漫画家は翻弄されていたのだ。(自ら踊っていたともいえるけど)

編集長が替わると執筆者も大幅に変更になるという某オリジナル系は、ここいらが元かも。
2006/09/28(木) 20:54:51 | URL | NODA #-[ 編集]
30万部も売っていて責任をとって辞任というのもすごいかも(^^;
2006/09/28(木) 21:17:43 | URL | さとぴー #hUkZrTsw[ 編集]
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